インドの最新業界ニュース、2500社のインド企業情報を提供するポータルサイト

お金を借りても返さないインド人の知人・友人

コラム「私とインド人~インド人を知る」vol.6

 お金を借りても返さないインド人の知人・友人
 Nakajima Consultancy Services LLP 会長
 中島 敬二
 2015年10月1日   

   私は今まで数多くのインド人にお金を貸しているが、その大部分は戻ってこない。お金を貸してくれる人もおらず、金の全くない知人が切羽詰まって私のところに駆け込んでくる。理由は、家族の病気治療費、子どもの学費、教育費、生活費など様々である。

 彼らが必死の表情で窮状を訴えてくると私は性格的に断りきれない。何度も何度も貸しても戻ってこないので、しまいには金額が高額になると家内の目が光る。だから最近の高額融資の大部分は家内には言っていない。

 私は若いときには、Give and Take (時には自己中心的なTake and Takeも)の考え方を持っていたが、現在はGive, Give, Give・・and To Be Givenという考えを主として信条としている。

 お金が戻ってこないのは止む得ないこととあきらめられるのだが、お金を貸した後、彼らとの関係が変化してしまい複雑な気持ちになることが多い。返済する意志があるが返せない人、最初から返す当ても気持ちもなくて無心してくる人の二通りあるが、義理を欠いた彼らは私から遠ざかってしまう。これが悲しい。返せないので借金を棒引きして欲しいといわれれば、多分私はOKするであろう。

 金の切れ目が縁の切れ目と先達は言うが、私はこれを実感している一人である。今回は2つの事例を紹介したい。


1. 元勤務先の秘書Sさんに結婚資金20万ルピー(40万円)

 (1) S秘書と私の関係

 1998年に社長秘書として雇用したのがSさんである。美人で頭脳明晰のSさんはインド中級家庭の大学出のお嬢さん。私が滞りなく任務を遂行できたのは彼女の支えのおかげである。何を頼んでも直ちに私が期待していた以上の対応をしてくれた恩人でもある。

 

(2) Sさんへの結婚資金融資

 Sさんは今でも私の元勤務先に歴代の社長秘書として働いているが、約2年半前の彼女が36歳になったとき(インドでは晩婚年齢である)、42歳の男性と見合い結婚した。

 インドでは普通の家庭の場合、娘を3人持つと家のお金はなくなってしまう。ダウリー(花婿や花婿の家族への数々の贈り物)や結婚式パティー費用を一般的に花嫁側が出費する。これに加え、持参金代わりに金装飾品を娘に買い与える。見栄の側面もあるが、娘が嫁ぎ先で肩身の狭い生活をさせないための親の配慮である。

 Sさんの父親は普通のサラリーマンであり、彼女が誕生直後から彼の給料の一部を将来の結婚資金として貯蓄をし始めたが、36年間の預金でもまだ結婚資金の全てをカバーできていなかった。

 私はこの事情を理解していたので彼女から電話で結婚することを伺った翌日に、インドでは結婚祝いとしては極めて高額である3万ルピー(6万円)の祝儀袋を彼女に届けた。彼女から早速「中島さんの秘書を勤めたのは僅か3年間で、しかも10年以上前のことであるのに・・・」と涙声で感謝の電話を頂いた。

 ところが結婚式の10日前、彼女から結婚披露パーティーの資金が40万ルピー不足しており大変困った事態に陥ってしまったとSOSの電話が入った。私にも生活がある。私は大金持ちでもない。いつもいい顔もできないし、インドでは大金であるお金を融資したら、家内に彼女との関係を疑われる(もちろん何もありませんが)。従い、お断りをした。

 金策に万策が尽きた彼女は必死であった。パーティー費用を削っても後10万ルピーがせいぜいで、自分は10万ルピーを友人から借りるゆえ、せめて20万ルピーを融資して欲しいと哀願した。心を鬼にして拒否し続けたが、結婚後毎月1万ルピーずつ返済し、20ヶ月間で完済するので何とか工面して欲しいと泣き声で懇請した。男は女性の涙に弱い。結局根負けした私は彼女に20万ルピーの小切手を渡した。

 だが、あのときの約束を彼女は果たしてくれていない。その後、彼女とは2回会ったが借金したことはけろりと忘れている。彼女に借金を踏み倒された友人も何人かいることのその後知った。

 結婚後、彼女の美しかった容姿が急激に失われた。姑との関係がうまくいっておらず、かつ経済力のないぐうたら亭主のため生活も苦しいようだ。そんな不幸に見える彼女に返金の催促など出来やしない。

 その後、あるインド人の結婚パーティーに出席したとき、S夫婦が会場に入って来るのが見えたが、私は思わず隠れてしまった。通り過ぎたSさんの後姿を見ながら「おや、隠れるのは私ではなく彼女のはずだが・・」と思わず苦笑した。その以来、Sさんとは会っていない。

 次回会ったとき若し彼女が先に私に気づいたら、今度は彼女が隠れるかもしれない。

 

2. 有機野菜研究家、兼栽培家のA氏

(1) A氏と私の関係

 彼との交友期間はそう長くはない。2年前に有機野菜に関心を持っていた私はあるインド人を介してA氏と知り合った。A氏は大学で有機野菜栽培を学び、インド人の健康促進のため有機野菜を広めたいという強い使命感を持つ好青年である。

 A氏はハリヤナー州に40エーカー(16万平方メータ)を借地し、全財産を投入し丁度有機野菜栽培を始める時期であった。私も彼の支援のもとに有機野菜販売会社を設立した。
インドで有機野菜を普及させたいと想いを共有する私たちは短期間に親交が深まった。

 

(2) なぜ、私は有機野菜に関心を持つようになったのか?

 世界至上で最も健康的で理想的な食事は、江戸時代中期以前の日本食であることがアメリカの大学の研究で明らかになった。これは現在のインドでのベジタリアン料理の内容と多くの共通点を持つ。

 このような料理を常食しているインド人は健康であるはずだが、現実はそうでない。

 例えば、20代あるいは30代前半の女性にはインド美人は多いが、40歳近くになると美人が急激に少なくなる。最初は紫外線を浴び続けるので皮膚が劣化し、しみや肌色が変色してしまうと考えてみたが、上流家庭の女性は室内にいることが多くあまり太陽光に接していないのでこの見方には説得性が弱い。

 なぜインド人の老化スピードが速いのかを研究していく中で、インドの野菜が原因とあるとの確信を持つに至った。インドの土壌は鉛、石灰等を多く含んだ汚染土壌であり、また大量の化学肥料や殺虫剤を使っている。これに加えて、中国から輸入した野菜成長ホルモン剤も使用しているので危険である。これらの野菜は朝・昼・晩食と食べ続けたら毒物が体内に残るのでこれが影響している。

 近年になってごく一部であるが、有機野菜についての認識がインドで高まりつつある。私は日本から呼び寄せた娘夫婦家族と同居しているが、孫娘のためにも有機野菜は必要と考え、まずはインド・デリーに在住の日本人の皆様向けに有機野菜を販売する会社を設立した。

(3) A氏より50万ルピー(100万円)の融資を求められたが・・

 A氏の有機栽培事業は順調に発展した。その為、冷蔵設備を設置する必要が生じ、財政的に豊かでないA氏からその一部の資金として50万ルピー貸して欲しいとの要請があり、彼の考えに賛同した私は即座に融資を快諾した。

 それから半年後、A氏からのコンタクトが段々少なくなった。同時にA氏を紹介していただいたインド人友人からA氏の事業は上手くいっていないようだ、との情報を得た。

 作付けの失敗と天候不順の影響で、有機野菜が計画通りに育ってくれなかったとの報告をA氏より受けたのはしばらく経ってからである。「金策も尽きたのでこれ以上有機野菜のビジネス拡大は困難になった。ビジネスの再構築ができるまで借金の返済は待って欲しい」と焦燥した顔つきで私に告げた。

 私はこんな状態に陥ってしまっているA氏を責めることはできず、「Aさん、事業は最初から成功しませんよ。今回の失敗を糧にして引き続き頑張って欲しい。借金の返済はいつになっても構いません」と答えざるを得なかった。Give, Give, Give. そして将来のTo Be Givenを期待しA氏の再帰を祈りたい。

 

以上

———————————————————————————————————————————-
コラム記事に関するご意見・ご感想はこちらからお問い合わせください(メーラーが起動します)

 

バックナンバー


>>インドビジネスコラム一覧へ

 

著者プロフィール

中島敬二様写真1

中島 敬二 
Nakajima Consultancy Services LLP 会長

URL: http://nakajimaconsultancy.jp/

インド在住暦18年。住友商事元理事広報部長、インド住友商事元社長。コンサルタント会社を経営しながら、日本食レストラン、有機野菜販売等現在6社の会社をインドにて経営。

 

一覧に戻る