インドの最新業界ニュース、2500社のインド企業情報を提供するポータルサイト

インドの新参メーカー、マイクロマックスが示すインド市場の可能性

コラム「インドの上にも10年」 vol.2 

 インドの新参メーカー、マイクロマックスが示す
 インド市場の可能性

 Casa Blanca Consulting Pvt. Ltd. 代表取締役社長
 荒木 英仁
 2014年12月16日

 

  2008年彗星の如く登場した携帯ブランド、マイクロマックス。日本では全く無名かと思うが、ここインドでは今年の夏、遂にあの携帯電話の覇者SAMSUNGを抜き去り、携帯電話(含むスマホ)シェア第1位となったインド発のメーカーである。2014年5月末時点のインドの携帯電話番号加入者数は9億3千万を超えた。尚インターネットユーザーは10月時点で2億7千万に到達し今年中にアメリカを抜き世界2位となると言われている。インドではスマホを含む携帯電話の売上はまだまだ右肩上がりだ。90年代から、インドで熾烈なシェア争いを繰り広げて来たノキア、モトローラ、ソニー(当時はソニー・エリクソン)等の老舗やSAMSUNG、APPLE等の新進ブランドを押し退け、2008年に突然現れたインド初のメーカーがどのようにして僅か6年余りでトップシェアを獲得したのかはとても興味深い。今回はマイクロマックスがどのようにしてこの偉業を達成したのかをシェアしたい。 
 

  マイクロマックスは、2000年の春、若い4人のITエンジニア達の手でMicromax Informatics Limitedという名のソフトウェア会社でスタートした。当初はAIRTEL(インドの通信大手)等の下請けとして細々と営業していた。当時の携帯市場はノキアが圧倒的なシェアを誇り、その座をSAMSUNGが虎視眈々と狙い、ソニーエリクソン、モトローラ、LG等がその後に続くようなシェア争いの真最中である。そんな中でも、彼らは携帯電話の製造はそんなに特殊技術を要せず、デザイン、スペックさえきちんと指示出来れば中国の工場で簡単に安く製造出来る事は分かっていたので、いつかインド初の携帯メーカーになりたいという夢を持っていた。 
 

インドの携帯電話市場メーカーシェア
(出所:Counter Point Research 2014年8月)

 

 

 1.   発想の転換の市場戦略

 通常欧米や日本のメーカーがインド市場に参入する場合は、プレミアムなブランド特性もあり、デリー、ムンバイの様な大都市部(Tire 1)の金持ち層をターゲットにして、ブランドを浸透させた後に、中都市(Tier 2)、小都市(Tier 3)、農村部(Rural)という具合に市場戦略を進めるのが常識であった。後発のマイクロマックスは考えた。大手の様にマーケティング予算も無い無名のメーカーが同じ道筋で行っても成功出来る訳が無い。そこで発想を全く変えた戦略を取ったのである。 当時、ルーラルエリア(インド農村部)では都市部で浸透している高級携帯には、多くの庶民が手を出せず無名の中国製の安価な携帯が飛ぶように売れていた。但し、安いなりに品質、バッテリーの持ち等に問題が多くユーザーからの不満も多かった。そこに目を付けたのがマイクロマックスの若者達だった。彼らが携帯電話を製造販売するにあたり、まず徹底的に農村部の携帯市場、競合状況を調べた末、チャンスを見出したのである。そして電力供給の安定しないルーラルエリアで最も求められているものは“とにかく長持ちする携帯”という事を突き止め、2008年、“バッテリー寿命脅威の30日”というマイクロマックス初号機X1iをまずルーラルエリア市場に導入した。市場を席巻していた中国製の携帯に比べ、デザインもおしゃれで、何よりバッテリー寿命が当時出回っていたものの3倍近くもあるという事で、飛ぶように売れた。マイクロマックスがこの市場を独占するのは時間の問題であった。こうして農村部からシェアを広げ、Tier 3、Tier 2と、その後少しずつ戦略市場を大都市に向けて移動していった。通常とは全く逆の戦略で携帯市場を席巻していったのである。


Micromax “X1i”

 

2.エポックメーキング

 マイクロマックスは小さい会社の規模の特徴でもある機動力(事業戦略決断のスピード)を利用して、史上初“30日携帯”以降も次々と画期的な新製品を導入していった。 都市部に市場を移行していった際に、インド市場初のDUAL SIM機を発表(今ではどのメーカーも製造している)。出稼ぎの多い都市部の低所得者達は、田舎で買ったSIMを使ってローミングするのはあり得ないので、都市部で別のSIMを買って差し替えて使用していた。彼らにとって低価格で尚且つ2枚のSIMが同時に使えるのはとても魅力的であった事は言うまでも無い。

 2010年には女性にターゲットを絞ったBLINGを導入。ここでもインドで初めてスワロフスキーを装飾に使い、ヤマハのスピーカー搭載等ぬかりが無い。当時は流行に敏感な女性をこれ程までに意識した携帯が無かったので、これも飛ぶように売れた。その後も数々のヒット製品を市場に導入し続け今日に至っている。スマホに至っては、当初SAMSUNGと同スペックのモデルを約1/3の価格で提供。その後はOSがアップグレードされるタイミングで常に新製品を導入するというスピード展開である。大手のメーカーでは到底真似出来ない芸当である。

Micromax “Q55”
(テレビCM:www.youtube.com/watch?v=b1BrXgkc_Bc

 

3.ブランディング

 2012年に既に携帯市場シェア3位になっていたマイクロマックスは、この頃から、積極的にマス広告を打ち始めた。店頭価格も同等スペックのサムソン等に比べ半分以下であったので、都市部導入当初はチープな中国製的なブランドイメージを払拭すべく大胆な広告戦略を取ったのである。まずメディアプランはサムソンを基準に作成された。そしてTVCMの製作費はトップブランドの倍は使っていたとの事である。プレミアム感を定着させる為にロケは全て欧州等の海外で行われ、積極的にボリウッド(インドのハリウッド)スター達を起用していった。結果新モデル導入毎に徐々に価格も上げ、今では価格差も2割程度までとなった。こうしてマイクロマックスは名実共にトップブランドの仲間入りを果たしたのである。デビューして僅か6年である。

大人気シリーズ”Canvas 2 Plus”
(テレビCM:www.youtube.com/watch?v=MBUR6fOfoPg

 

 昔からマーケティングの4Pとして製品(Product)価格(Price)流通(Place)プロモーション(Promotion)からなる4つのマーケティングツールを上手く組み合わせて、戦略的に商品(サービス)を市場に導入する事が肝要であると言われて来たが、マイクロマックスはインド携帯市場最も後発であるも関わらずこの4Pを上手く組み合わせた事により、こんなにも短い期間で成功を収める事が出来たのである。

  マイクロマックスの成功事例は勿論インドのシンデレラストーリーではあるが、多くの日系B to Cメーカーが苦労し、未だ多くの日系企業が参入に躊躇するこのインド市場でも、視点、方法を変えればまだまだチャンスがある事を示してくれた良い例であると思う。今後、遥かに技術力、製品力の優れた多くの日系企業がインド市場に果敢に挑戦してくれる事を願いたい。

 

 

参考文献

 

 

———————————————————————————————————————————-
コラム記事に関するご意見・ご感想はこちらからお問い合わせください(メーラーが起動します)

 

バックナンバー


vol.1 インドの上にも10年  2014年12月2日
 
    
2002年の年の瀬も近い頃、私は日系広告代理店ADKのシンガポールオフィスでリージョナルな
仕事に従事していた。シンガポールと言えば当時は誰もが羨む駐在員天国。日本人も3万人程…

 

>>インドビジネスコラム一覧へ

 

著者プロフィール


荒木 英仁

Casa Blanka Consulting Private Limited 代表取締役社長
www.casablankaconsulting.com

 

前 Asatsu-DK-Fortune Communications (世界最大のコミュニケーショングループWPPと日本第3位の広告代理店アサツー ディ・ケィの50/50 JV会社)代表取締役社長。30年余りに渡り海外マーケティングに従事して得た知見と12年余り(連続駐在歴10年)のインドビジネスの経験を生かし、インド市場で苦労されている日系企業、これからインド市場に挑む日系企業、並びに在印日本人、日本市場を対象にビジネス展開を目論むインド企業に対して、リーズナブルな価格で最大のサポートバリューを提供すべく、2014年3月末、インドで最も発展を遂げているグルガオンにて、カーサ・ブランカ コンサルティングを設立。

 

一覧に戻る