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最後に伝えたい話(日印関係の更なる発展に向けて)

コラム「インドビジネスの原点を考える中で団塊世代が次世代に残したいもの」 vol.6

 最後に伝えたい話(日印関係の更なる発展に向けて)
 中堅鉄鋼商社オーミインダストリー 元デリー駐在員事務所長
 加納 恭夫
 2015年2月26日

 

今回の連載最後のコラムとして伝えたいお話があります。

「加納さん、レセプションに急いで来てください」とデリーにある会社の社長の秘書から呼ばれました。私は急用かと思い、社長との話を中断して飛んでいきました。

 到着すると、なんとテーブルに大きなケーキが置いてありました。お誕生日おめでとうとの秘書の声がしました。そしてケーキカットをしてくださいとお願いされたのです。社長以下事務所の従業員ほぼ全員が集まっており、ケーキをカットすると皆で”Happy Birthday Kano San”と言ってくれました。社長の顔を覗き見ると“どうだい、うれしいだろう”という顔をしていました。

 この会社とは、第3回コラムの“みんなでインドダンス”で書いた材工一式のビジネス等、種々の取り組みを一緒に行ってきました。そのプロセスで、同社がどこまで本気で取り組む意欲があるのか、あるいは財務状態は本当に決算書類通りか、もっと言えば今払うべきキャッシュがちゃんと用意できているか等を調べる必要がありました。

 そのためには日々の従業員の働き具合、従業員と社長との会話の在り様、訪問してくる企業の種類等を通して判断していくことが大切であると考えていました。それを実践するには、本当に大丈夫な会社かチェックしたいとの本心が見え見えではなく、心からこの会社との仕事を愛し、一生懸命頑張っているのだというところから入っていくという手段をとることとし、まず社長の秘書と仲良くなることから始めようと思いました。そしてメールも必ずコピーを落とし、社長への電話も秘書経由、訪問の際のみんなへのお土産も秘書経由で手渡し、ドアを開けたらまず秘書を見つけ手を振る等、最大の演技をしながら頑張っていました。昔でいう夜討ち朝駆けでアポイント無しでよく行ったものでした。そして設計の担当、施工の担当等、他の従業員と現状がどうなっているのか話をしていました。(ほとんどの人たちと話をしていましたのでみんな私のことを知っていてくれました)

 

 ある日のことでした。いつも笑顔の秘書が社長と大きな声で話していました。喧嘩しているのか、社長に反論して自分の意見を述べているのか良くわかりませんでしたが、堂々と社長と従業員が議論している、そしてそれを社長が認めているということは判断できました。

 後で、秘書に朝の議論はどんな議論だったのかと聞いてみました。実は、加納さんが来るときは議論を本気でしようと社長から言われていました。そういうことでもありタイミングがあったので実行してみたのです、との話を聞きました。

 社長の自社の経営の在り方を見てもらうための演技であったとも思われますが、そういう目で見られていると理解し、そのためにはどんな形がアピールするのか等も考え、秘書とかかる大声の議論をしたということがわかりました。何か心の触れ合いを感じ、この社長なら信頼できると判断するに至りました。もちろんそれぞれの国の文化的背景や礼儀等、種々の制約はあるのですが、それを乗り越え皆と話をする状況を日々の努力から作りだし、お互いに理解し分かり合えるといった信頼関係を構築したとの確信を抱いたものでした。

 これまで世界の各国で合弁会社の設立、会社の買収等を手掛けてきましたが、なんといってもパートナーとの信頼関係を築くことが何よりも大切なことです。文化の違いなどを理由に乗り越えられないと判断し、最後まで突っ込み切れないのが最も避けなければならないことです。もちろん100%は不可能にしても、あらゆる手段を使い心を籠めて、そしてその裏にあることがある種の疑いであると先方に思われ、逆に演技に使われたとしても、その心は理解されるものと確信しています。

 

 最後にもう一つお話をしたいと思います。
 装置産業は一国の需要だけに依存していては極めて不安定であり、工場の増設、廃止等無駄なことをせず、市場を大きく見てその需給バランスを見極める必要があります。結果として、無駄な増設あるいは廃止といった手段を講じなくても生き残れることが最も効率的な経営であるといえましょう。そのためには投資というよりは、各国のメーカーがそれぞれの国以外にも市場を広げて株の持ち合いをしていく、そしてそれぞれの国のメーカーが兄弟姉妹になるといった関係が最善の方策ではないかと私は考えます。私が勤めていた商社では、ある国のメーカーの株式を日本のメーカーと共同で保有することを行ってきました。アジア通貨危機の時にヨーロッパの多国化したメーカーに我々商社は株を売却したのですが、日本のメーカーは小さな比率を持ち続けました。

 ある日、その日本のメーカーの役員と、もともとのオーナーと会食をしました。数%しか保有していない日本のメーカーは、それだけで毎年なんと数億円の配当を現金でもらっているとの話から始まりました。そしてもともとのオーナーはこのように語ってくれました。

「結局ヨーロッパの植民地と変わらない。ヨーロッパメーカーは儲けたお金を従業員の給料に配分するとか、自社のキャッシュを積み増すとかを考えずに株主への配当にすべて回してしまう。すなわち我々の国は働き蜂であって一緒に事業を行っているパートナーではないのだ。昔の植民地時代とおなじである。日旗のもとに集まり、皆で市場を広く見ながらバランスをとった経営をしようという意味が、今になって心底理解した。」との話でした。

 その話の最後に、でもこのヨーロッパのグループの世界各国の工場長は我々の国の技術者が担当しているので、すべてが昔通りではないし、胸を張れるところだと、何とも言えない表情で語ってくれました。日本はアジアに対し、本当に心のこもったものを提供し、兄弟姉妹の関係で物事を築き上げてきたものと愚考します。

 今後のインドの経済成長、日印の関係を考えると、前述するように日印が核となりアジア市場を大きく見据えたうえで、物事を判断していくことが日本にとってもインドにとっても得策であると思います。

 

 六話を通じて次の世代のみなさんにご理解いただきたいことは、自国だけに依存していては(内需の単位当たり固定費を維持するための輸出等も立ち行かない時代が来ていることもあり)早晩厳しい選択を余儀なくされるということですが、そのためのパートナー(種々のレベルで考える必要はありますが)選択を誤らないように心を籠めて(愛)、そして汗を流し、涙を流し、行っていただきたいと思う次第です。

以上

 

                  

<御社のインドビジネスをお手伝いします>
株式会社 インダストリー (顧問 加納恭夫)
info@industree.asia

 

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著者プロフィール

 

 

加納 恭夫
中堅鉄鋼商社オーミインダストリー 元デリー駐在員事務所長

 

 

 前52歳まで大手総合商社に勤務し、最後の職責は米国法人の物資不動産部門長兼シアトル支店長。同社を退職後、IT企業の社長、ベンチャー企業の社長等を歴任し、現在中堅鉄鋼商社の顧問等を行っています。
 40年以上の歴史の中で、中近東へのセメントの輸出、三国間貿易において新規な物流方法をあみだし(袋ものセメントからバラセメントでの輸送等)世界の貿易量の7%のシェアーを握るまでのレベルに成長させ、その後、台湾、米国に駐在し、合弁事業の立ち上げ、企業の買収、また、中堅鉄鋼商社のインドでの独立法人設立等、多岐にわたる分野において経験を積んできています。(65国に出張)
 現在の日本をそうした経験から見てみると、結果論だけで物事の判断を行ったりといった、あるいは人のせいにしながら自分を守るとかといった風潮が見られ、ちょっと寂しい感じを抱きます。我々の世代は大いなる問題意識をもってそれこそ汗と涙を流し、そして仕入先、販売先の人たちそして社会に貢献したいとの愛をもって取り組んできていたと思います。そうしたわれわれの世代の経験を次代に引き継ぎたいという思いで今回の執筆を行いたいと思います。

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