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一年を迎えたモディ政権の経済運営とその評価(第一部)

 コラム「インドのマクロ状況」vol.3

 一年を迎えたモディ政権の経済運営とその評価(第一部)
 国際基督教大学教養学部上級准教授
 近藤正規
 2015年6月18日   

 

 昨年の総選挙での圧勝を受けてモディ政権が発足してから、5月26日で1年が過ぎた。経済は順調に回復しており、「メーク・イン・インディア」政策も積極的に展開されている。一方、土地収用法の改正や物品サービス税(GST)の導入など、改革の速度に不満の声も聞こえている。本稿では、全2回のコラムに渡り、モディ政権のこの一年の経済運営を振り返って評価を行いたい。

好調な経済

 インド経済はこの一年で順調に回復している。実質成長率は、13年度の6.9%から14年度は7.2%に上昇し、世銀の予想では15年度7.5%、16年度7.9%と中国の経済成長率を抜くと予想されている。17年度末までに財政赤字をGDP比3%以内に圧縮するという新たな目標も実現可能な見通しとなっている。他方、経常収支の改善がやや遅れており、14年度には、原油の輸入金額が減った以上に金の輸入が増えた結果、貿易赤字は1,370億ドルと前年度を上回る結果となっているが、憂慮すべき水準とは思われない。

 物価上昇率も下落傾向にあり、消費者物価指数(CPI)上昇率は14年度の第4四半期には15年4月4.87%、同5月には5.01%まで低下している。その結果、16年1月までにCPI上昇率を6%以内に抑えるインフレ目標は達成可能な見通しとなってきた。こうした状況からインド準備銀行(RBI)は今年に入って3度の利下げを行っており、今後もモンスーンの状況次第では4度目の利下げもあり得る。

 株式市場も堅調である。SENSEX指標はこの一年で上昇基調にあり、3月4日の予算発表直後の緊急利下げ後、史上最高の30,240ポイントにタッチした。その後の米国の利上げ懸念から6月15日終値でSENSEX指標は26,587ポイントへと下げているものの、昨年度のインドの株式市場は世界でも最も上昇した市場の一つとなった。他方、為替を見ると、国際金融情勢の影響から、昨年の首相就任時に1ドル58ルピー台であったのが、現在は64ルピーと下落してこの20カ月でも最安値をつけているが、RBIのラジャン総裁の国際的な信用の厚さもあって、他の新興国通貨に比べるとルピーは下落が比較的少ない。

ただし、経済がこのように回復しているとはいえ、これは原油価格や国際商品市況の下落によるところが大きいため、実際にモディ政権による政策がどのような効果をもたらしたかを明確に検証することは難しい。実際のところ、産業界のマインドはモディが首相に就任した後に大きく改善しておらず、設備投資も本格的には回復していない。何よりも目に見える実績が少ないという意見が少なくない。

 

目に見える形での成果

 いまのところモディ政権の目に見える形での成果の一つとして、中央政府から州政府への財政移転の比率を32%から42%へと増やしたことがあげられる。州政府の財政状態を改善するとともに、州政府の間の競争を促進させようというものである。実際にグジャラート州の成果に刺激されて、周辺のラジャスタン州、マディヤ・プラデシュ州、ウッタル・プラデシュ州では行政が改善している。

 もう一つの実績としては、「フィナンシャル・インクル―ジョン」がある。汚職などの問題が少なくないとされてきた農村雇用プログラムを、縮小ないし廃止するのではなく、そこで雇われた農民の賃金を本人の銀行口座に直接振り込むことによって中間搾取をなくすべく、すでに1億5千万人の銀行口座を新たに開設した。新たに開かれた口座の大部分がまだ残高ゼロであるため効果を疑う向きもあるが、政策の方向性は正しい。

 対印直接投資(FDI)については「メーク・イン・インディア」のキャッチフレーズのもと積極的なトップダウンの投資誘致を行った成果、2014年度に前年度比4割増となる見通しとなった。今後もこの流れは続く見通しで、例えば、鴻海グループがアップルのiPhoneの現地生産を始めるという報道も出てきている。外資規制緩和においては、保険部門への外資出資比率の上限を49%に引き上げたほか、防衛や鉄道において外資規制を緩和した。懸案となっていたボーダフォンに対する訴求課税問題でもインド政府は裁判の判決を受け入れ、今後は過去に遡る課税をしないことを明らかにしたことも評価されている。

 日本でもモディ政権発足とともにインドへの関心が再び高まっており、ソフトバンクが10年以内に1兆円を限度にインドに投資を行う用意があると発表するほか、小売業でもユニクロや良品計画がインド進出を発表している。スズキを始めとして、自動車産業などでこれまでインドに投資を行ってきた日系企業が拡張投資を行う例も増えてきている。

 モディ政権のこれまでの一年で最も成果を上げているのは外交である。モディ首相はすでに19ヶ国を訪問しており、とりわけ前政権が重視してこなかった近隣諸国との外交を積極的に推進している。バングラデシュとの領土問題の解決は画期的であったし、ネパールの大地震発生時の迅速な対応も目を引いた。こうした周辺国との外交関係強化はもちろん中国を念頭に置いてのことであるが、その中国とも積極的に経済外交を行って、インドはアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも中国に次ぐ第二の出資国として名を連ねている。周辺国以外とも経済外交を推進しており、米国からは原子力分野での協力促進や国産空母の生産に関する技術協力について、カナダやオーストラリアからはウランの供給について合意を取りつけている。

 

国会のねじれによる改革の遅れ

  モディ政権発足当時から、上院における与党が少数派であることが経済改革の妨げになるということは言われてきてきたが、それが明確に出ているのが、土地収用法と税制改革の遅れである。土地収用法は、州政府が土地を収用する場合にその補償額を市場価格の3倍から4倍にしないといけないというもので、これが州政府による工業団地の開発を困難なものとしていた。インドにおける製造業の投資を増やすためにはこの法案を見直すことが不可欠であるが政治問題化しており、国会での可決は容易でない。

 懸案の税制改革も難航を極めている。インドでは物品やサービスにかかる間接税が各州で異なり、複雑な税制がビジネスを行う上での障壁となっているため、物品サービス(GST)税として中央政府に一本化することが永年提案されてきた。しかし、税収源を失うことになる州政府から強い反対が出ており、国会での審議が難航している。5月に来日したジャヤント・シンハ財務担当国務大臣は「来年4月のGST実施は問題ない」と発言していたが、たとえ法案が成立しても、その後の税務署や企業において事務作業やシステムの改定、周知徹底などでかなりの時間がかかるため、来年4月の実施は事実上難しいのではないかとも思われる。会計事務所大手KPMGは、GSTの導入への対応には最低でも9カ月はかかると見ており、無理やり4月に間に合わせることによって混乱が起きないことを願いたい。

 これらの法案が今年度中に成立する可能性については、土地収用法は前政権による法案を覆すものであるのに対し、GSTは前政権の時からの引き継ぎ案件であるので、前者の方がさらに難しい。上院では与党インド人民党(BJP)とその友党を合わせても4分の1しか議席がなく、上院は2年置きに3回に分けて改選することとなっているので当面ねじれの問題は解決しない。そのため、上院下院のジョイント・セッションを設け、今年の7月(ないし8月)に採決に持ち込むというのがモディ政権の計画で、GSTではそのための委員会を設けるところまで進んでいる。法案を国会で通すため、モディ政権はBJPの友党ではない西ベンガル州の草の根会議派やタミル・ナドゥ州のAIADMKに、これらの法案採決のための連携を持ちかけて交渉を行っているところである。

 これらの法改正と並ぶ大きな課題である労働法改正に関しては、近いうちに労働法改正案が政府から出されるであろうという報道も出ている。これまでのインドの労働法では100人以上の工場を閉鎖するためには州政府の許可が必要で、その許可を得ることが難しく、さらに退職金の支払い額も多めにしないといけないなどの制約があった。もしこの労働法の改正を行うことができれば、1991年の経済自由化以降の最大の改革ともなるのであるが、現実に法案を通すことは難しいだろうという見方が多い。

 世銀のビジネス環境指数においてインドは189カ国中142位であり、6年前の181カ国中122位からむしろ後退してしまっている。モディ首相はこのランキングを50位以内に上げることを目標としており、日本政府や日本商工会議所も同じような投資環境改善をインド政府にことあるたびに訴えているものの、世界でも最下位に近い「契約の不履行」を改善することは政府の力だけでは難しく、一朝一夕に投資環境を改善することは難しい。

 (次回に続く)

 

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著者プロフィール

Masanori Kondo

 

近藤正規
国際基督教大学教養学部 上級准教授

 

アジア開発銀行、世界銀行等にて勤務後、98年より国際基督教大学助教授、07年より現職。
06 年よりインド経済研究所客員研究員、日印協会理事を兼任。スタンフォード大学博士。
専門は開発経済学、インド経済。

 

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