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インド大企業経営者とのお付き合いーその1

コラム「私とインド人~インド人を知る」vol.3

 インド大企業経営者とのお付き合いーその1
 Nakajima Consultancy Services LLP 会長
 中島 敬二
 2015年6月23日   


 私のインド人友人の中に5,000人~15,000人の従業員を持つ大企業オーナーが15人いる。元一商社マンが大企業のオーナーとなぜ親友になれたのか、読者の方々は不思議に思われるだろう。長年インドに住んでいる私でもそれは無理である。実は彼らは全員、20~30年前には中小企業オーナーかその息子たちである。これら企業の多くは自動車部品製造会社だが、インド自動車産業の飛躍的発展に伴い中小企業が大企業となった結果そうなったのである。これらの企業は私がインド住友商事駐在時代に一生懸命ご支援した会社である。

 インド住友商事社長であった私が2001年に本社の広報部長を拝命し帰任した際に、9社より定年になったらインドに戻り経営顧問として助けて欲しいと要請された。その気は無かったが、興味半分でその雇用条件を聞いてみた。多くのオーナーは週1日勤務で50万~100万ルピー(約100万円~200万円)の報酬を出してくれるという。彼らにとってはたいした金額ではなかったが、私にとっては極めて高額だ。

 そこで私は計算した。週1日の勤務では5社の顧問ができる。1社50万ルピーで計算しても月収は250万ルピー(約500万円)で年収にすると6,000万円にもなる。彼らの要請を受けてインドに戻ったら金持ちになれるし、贅沢な老後生活ができる魅力的な提案だと思ったが、すぐに思い直した。自分にはそんな価値があるわけは無いだろう。過剰評価・期待の何物でもない。いくら友人であってもこんな高額報酬を数年間払い続ける会社はいない。長くても2年間がせいぜいだと。だが、2年間の勤務でも退職金の数倍の1.2億円となり、定年退職者にとっては信じられないおいしい話だと誘惑に駆られたのは事実だが、いやいやこれは夢のまた夢の話だと考え直し丁重にお断りをした。

 今回はこの9人の経営者の中から4人を選び2回にわたって彼らとの付き合いを述べてみたい。

 

※1. その前に私が2009年にあるコラムで書いたエッセイ「複数のインドビジネスマンとの友情を維持する難しさ」をお読みいただきたい。

 私のインド人友人の中には5,000人超の社員を有する大企業オーナーが結構大勢いる。25年前に友人であった中小企業経営者の彼らが大企業経営者になったからである。彼らは会社設立当初は色々な問題を抱えており私の助力を求めてきた苦労を共にした仲間たちであるが、彼らの事業欲の旺盛さは変わっていない。

 もう一つ変わっていないのは私に対する態度である。超多忙のスケジュールにも拘わらず毎月2回は必ず電話があり「Mr.中島、何か問題ありませんか?何か私にできることはありませんか?」と聞いてくる。特定の人にしか番号を教えない携帯電話で交信するが、会議中でも必ず応対してくれる。

 但し、これは2年前までの話である。私の人生で予想もしていなかったことが起こった。友人のM氏が私の64歳の誕生日パーティーを企画し、10数人のインド経営者を彼の別荘に招待してくれた直後から彼らの私への対応が変化し始めた。まず、電話がかかってくることが極端に減った。こちらが電話しても彼らの対応はなんとなくよそよそしい。これは私の勝手の思い込みだろうと思っていたが、1年前に彼らの変化の理由がわかった。

 親友の一人である大ホテルオーナーのS氏と食事したとき、「自分はMr.中島のベスト・フレンドであると思っていたが、そうではないのだな・・。あの太った男があなたのベスト・フレンドなのでしょう。自分ではなく・・」と寂しげにつぶやいた。この太った男とは、パーティーを主催してくれたM氏である。

 パーティーの席上での私とM氏との親密な様子を見た他の友人たちが、S氏と同様な思いを持ったということをそのとき初めて気がついた。だが、私は八方美人にはなりたくないのでその後も自然体でやっている。でも、これらの友人とは会えば表面的には以前と変わらないが、内面は少し冷えた関係であるのでとても悲しい。複数のインド人ビジネスマンと同じような深さで交友を続けることの難しさを痛感した次第である。

 

2. 自動車シートメーカーのR社長

(1) R社長について

 R社長は28歳のとき、デリー証券取引所の副理事長であった父親より「200万ドルやるから、これで事業を始めよ」といわれ、1984年に自動車用シート製造会社事業を立ち上げるため訪日したが、その際私はスズキさんにご案内した。素直で真面目で性格の良い彼は素人ながら、一生懸命経営に励み着々と会社を発展させた。私がインド駐在になったときも、彼が抱えていた経営上の問題につき度々相談にのり更に交友関係は深まった。

(2) ハーバード大学留学後段々傲慢さが増してきたR社長

 だが、勉強熱心な彼は35歳のときハーバード大学ビジネススクールに短期就学したが、その後経営に対する自信を持ち始めた。これは良いことだが、同時に段々傲慢になってきた。以前は私のアドバイスに対して「なるほど、なるほど」とか「有意義な情報・アドバイスありがとうございました」と常に謙虚な態度にて私のアドバイスを傾聴していたが、折角良いアドバイスをしても「知っている。知っている」と連発するようになった。

(3) 冨を得た彼は異常なほどの名誉を求め、社業がおろそかになった。彼に警告するたびにR社長との関係は悪化

 R社長はインドの大手経済団体の幹部やある部会の会長になったため、インド政府の要人及び外国の政府・民間のトップとの会談・パーティーにしばしば出席するようになり、名誉職を求めるようになっていた。私は社業にもっと専念すべきと主張したが、名誉を追及することに喜びを感じた彼は私の言うことを聞かず、苦言を呈し続けた私を避けるようになり関係は疎遠になった。今では電話すらしてこない。

 

3. 仕事上は全く関係なかった300社の会社の統帥のSグループ会長

(1) S会長について

 S会長は日本の住友電装とワイヤーハーネス(自動車部品)の合弁事業を約30年前に起こしたが、今では300社のグループの総帥となりオーストラリアの国籍を取り世界中を飛び回っている。彼とは仕事上の関係のない、個人的友人関係にあるが、一度だけ、彼を助けたことがある。25年前の話であるが、ある日彼は私を訪ねてきて、私の友人が経営している取引先からの支払が大変遅れ資金状況が悪化しているので、払ってもらえるように頼んで欲しいとの依頼があった。僅か80万ルピー(現在価値約160万円)の金額であった。私はその場で友人に電話して3時間後には彼は代金回収をした。

(2) 小さな私の助力を忘れず親友関係を続けてくれるS会長

 S会長はGNO(義理・人情・お返し)を忘れない人物である。2008年の頃であるが、私が経営に携わっていたトラック・バス会社に対してインド大手企業が買収工作をしていたことがある。これを聞きつけた彼から、「中島さんに恩返しをしたい。自分のポケットマネーで株式を購入してスリーピング株主になりますよ」との申し出があった。ポケットマネーと言っても10億ルピー(約20億円)の株式購入である。

 私にとってはありがたい話であったが、インサイダー取引に絡む問題でもあり、また彼にとってはリスクのある話であったので丁寧にお断りした。(因みにインドの預金金利は8~10%もあり、銀行に預けておくだけで彼は年間1億円近い金利収入があったはずなのに・・)

 先月の話である。彼とは正午にアポをとり、ノイダにある同社を訪問したが、ノイダには彼の会社・工場が10ヶ所近くあるため道に迷ってしまい、1時間半ほど時間を無駄にしてしまった。5社目に訪問した会社のトップは私のことを知っていた。彼は「会長は本日関連会社を回ってきたが、11時半になると、私の日本人友人が訪ねてくると言って会議を途中で止めて本社にお戻りになった」という。時間は既に午後1時半を過ぎており、そこから彼に会長秘書に電話をしてもらい次回にお会いしたい旨を話したところ、会長は中島さんをお待ちしているのでいらっしゃってくださいと。午後2時ごろ同社を訪問したところ、7~8組のインド人たちが待合室でいたが、すぐに会長室に通された。部屋には5人の訪問者がいたが、私が入室するやいなや彼らは退席した。私は2時間近く遅れてしまったことをお詫び申し上げたが、彼は「Mr. Nakajima. Don’t Mind」と。

 来客が大勢待機していることを気にした私は5分ぐらいで失礼しようと思っていたが、結局1時間近く長居してしまったので重ねてお詫びしたところ、彼は「ビジネスと友情関係は別ですよ。あなたに昔助けてもらったことは忘れることはできない。気にしないでください」と微笑を浮かべて大きな手を出し握手を求めてきた。握手をしながら、彼との友情関係をしみじみ実感した。

 

以上

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著者プロフィール

中島敬二様写真1

中島 敬二 
Nakajima Consultancy Services LLP 会長

URL: http://nakajimaconsultancy.jp/

インド在住暦18年。住友商事元理事広報部長、インド住友商事元社長。コンサルタント会社を経営しながら、日本食レストラン、有機野菜販売等現在6社の会社をインドにて経営。

 

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