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インド大企業経営者とのお付き合いーその2

コラム「私とインド人~インド人を知る」vol.4

 インド大企業経営者とのお付き合いーその2
 Nakajima Consultancy Services LLP 会長
 中島 敬二
 2015年7月28日   

 インド企業のトップのスケジュールは極めて過密である。今回は突然死してしまったインド大企業のオーナーの友人2人について述べてみたい。

 

1. 突然の心臓麻痺であの世に飛び立ってしまったSONAグループの会長

 SONA グループは大手自動車部品メーカーであるが、このグループの創立者兼会長であるカプール博士はビジネスとは無関係の長年の友人であった。彼の事務所と私が30年前に勤務していた場所が近く、年齢もほぼ同じと言うこともありすぐ親しくなった。彼の家にも度々招かれた。

 ここ3年は年に1回電話する程度の付き合いになっていたが、6月5日突然彼より電話があり、一緒にお茶を飲みたいということで彼の豪邸を訪れた。彼は翌々日大型買収案件の交渉のためドイツ出張を控えていたが2時間ほど昔話をした。彼より「中島さん。本日は久しぶりにお会いできて楽しかった。ちょっと悩みを抱えていたが、おかげですっきりした」と。私は彼に「お互いにもう年寄りだから無理をしないで欲しい」話したところ、彼は「自分は元気だ。これからも会社を大きくする。自分から仕事をとったら何も残らないから。それよりも中島さん、あなたこそ健康に注意して欲しい」と言われた。

 帰り際、彼は「ドイツから戻り次第もう一度あなたに会いたい。実は長年友人として付き合ってきたが、あなたとは一度もビジネス経験がなかった。今回の案件は中島さんの協力が必要なので、その際にはよろしく」と握手を求めてきた。

 そのとき私も強く握り返したが、彼の手は冷たくそして乾いており一瞬嫌な感じがした。この不吉な予感は的中してしまったのである。彼はドイツ滞在中に心臓麻痺にて帰らぬ人となった。彼のお別れ会に出席したが、会場の入り口置かれた彼の大きな顔写真が私の涙で霞んで見えた。Kapur博士のご冥福を祈る。

2.インドの政財界に君臨していたホテル王のLalit Suri氏

 彼も数年前、出張先のロンドンにてKapur博士と同じく心臓麻痺で急逝してしまった。Suri氏はインディラ・ガンディー元首相の次男であるサンジャイ・ガンディー氏のクラスメイトであったので、サンジャイ氏が創立したマルチ社に参画した。サンジャイ氏は飛行機事故で亡くなり、マルチは国有化されたが、スリ氏はこの関係でコングレス党の金庫番となった。

 彼は1980年代の初め、デリー市の一等地を彼の政治力を使い極めて安価で土地を獲得しホテル業を始めた。私が彼と知り合った頃はホテル建設地に机一つ椅子2つの小さな仮事務所にて仕事をしていたが、その後インド国内外にホテルを次々と新設し続けた。ホテル名は色々変更されたが、彼の死後スリ未亡人がホテル名を全て夫の名前であるLalitに変えている。

 このラリット氏は政治力を使いカーエアコンの製造ライセンスを取得し、SUBROSと言う会社を設立した。当時はこのライセンスがなければ製造できない時代であった。私は日本最大のカーエアコン製造会社であるデンソーの田辺専務との知己を得ていたので同社に話をつなぎ、合弁事業が成立した。だが、Suri氏はデンソーと最終打合せ会議の席上で住友商事抜きで直接取引をしたいと提案した。

 翌日スリ氏は住友商事本社を訪れてきたので、「昨日デンソー本社にて住友商事抜きの取引を申し出たとの話しを聞いたが本当ですか?若し本当なら、大変遺憾な話である。あなたのようなビジネス道徳の欠如している男の顔を見たくはない。今すぐこの部屋から出て行きなさい。私は住友商事の社長の名代として貴方に申し上げているのです」と。

 スリ氏は私の強い調子の話にびっくりし、「自分は・・、そんなこと言ってない。何かの誤解だ」と小さな声で言った。「本当に誤解なのですか?」と重ねて聞いたら「勿論誤解だ」と彼は元気なく繰り返した。

 そこで私は「今晩は田辺専務が東京におられる。多分行きつけの銀座のクラブにおられるので、そこに貴方をお連れする。そうしたら、田辺さんは必ず声をかけてくださるからその時、住友経由取引する旨田辺さんに言って頂けますね?」と話したところ、「勿論、お話しする。これ誤解だから・・」と。

 その晩、スリ氏と共に銀座の花束というクラブに行った。(尚、このクラブに私が単独で行ったのは初めてである。課長クラスの人間が行けるクラブではないのである。)クラブに入ると、いち早く私たちを見つけ、「スリ!こっちへおいで」と同席を促した。ご一緒していたのでは三菱電機の副社長であった。

 暫くそこにいたが、スリは黙って何も言わないでいる。余り長居は失礼である。堪りかねて、私は「スリ氏が田辺専務にお話があるとのことで、本日ここに参りました、とお話しスリ氏を催促した。

 それでもスリは暫く躊躇していたが、遂に「I have no objection to import CKD components through Sumitomo Corporation.」と言ったのである。

 田辺さんは笑いながら、「スリ、お前の言いたいことは分かった」と、そして今度は厳しい表情をされて、「お世話になった住友商事をないがしろにしてはいけないよ」と言われた。

 30年経った現在でもこのビジネスは続いているが、合計数百億円のビジネスである。

 ラリット氏とはその後益々親交を深め、彼が仕事上何か迷ったときに私をアドバイザー役として度々活用した。ホテルには私が何時でも利用できるVIPルームも用意してあり、時々彼と二人で数十万円もするワインを楽しんだ。パーティなどでインド人政府高官や大物実業家に私を紹介するとき「私の長い人生で親以外で怒鳴られた人はこの世でたった一人しかいない。その人はここにいる中島氏です」とよく話をしていたのがとても懐かしい。

 

以上

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著者プロフィール

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中島 敬二 
Nakajima Consultancy Services LLP 会長

URL: http://nakajimaconsultancy.jp/

インド在住暦18年。住友商事元理事広報部長、インド住友商事元社長。コンサルタント会社を経営しながら、日本食レストラン、有機野菜販売等現在6社の会社をインドにて経営。

 

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