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プロローグ

コラム「天竺からの手紙」vol.1

 プロローグ
 株式会社ゼンリン  インド支店長(Country Manager)
 二宮 祐
 2015年10月13日   

 
 「あわてず、あせらず、あきらめず、アテにせず」。インドと関わり始めてかなりの月日が経つが「四つの『あ』(A)」の悟り、いや鉄則である。地図情報会社ゼンリン・インド支店を2013年3月、ゼロから立ち上げた。赴任者は現在も私一人、拠点はデリー郊外グルガオンだ。 

 住まいはオフィスから車で20分、30階建ての新築マンション、というと聞こえはいいが、停電は毎日7、8回、水漏れもしょっちゅうである。

 食材も限られる。宗教上の理由で豚、牛はほとんどありつけない。5、6月には気温50度にもなるため、スーパーのホウレンソウもニンジンもしなびている。ただし、インド発展を象徴する新興都市だけに変化もあった。

 10年ぶりにインドへやってきて驚いたのは外国人だけでなく20代のインド男女がジョッキを傾けていることだ。日本式の居酒屋もオープンした。インドも変わったな。感慨深く思った。と言うのも私は30年前、1985年8月にバックパッカーとして、インドの地を初めて踏み、その後、電機メーカーの駐在員として1996年から4年間デリーに住んだ経験があるからだ。

インド進出ポータル(1985年8月バックパッカーで初インド)
1985年バックパッカーで初インド

 

 初回の駐在当時、外国人の居住はデリー南部の住宅地に限られていた。11-7(イレブン・セブン)と揶揄され、夜は店も19時には閉店、唯一の娯楽は自宅のテレビで観るインドの音楽番組だった。インド駐在も日本人の間では貧乏くじのように語られ、「懲役三年で帰国しますよ」などと自嘲する仲間もいた。それから19年、いまや約1000社以上の日系企業が進出している。

 それだけではない。現地でゼロからスタートした日本の20-30代の若者が続々と起業している。私の友人であるTさんは、日本式の「寿司」にタンドリー料理等の「インドのネタ」合わせ、インド市場に持ち込もうと奮闘している。更に別の女性の友人は日本式の「ストレートパーマ」「ネイル」等をインドへ持ち込んだ。3500ルピー(約7000円)程のカット代金でも申し込むインド女性も出てきたという。ちなみに私の住まいの併設美容院ではカット800円だった。

 目を首都以外にも向けてみよう。私は月に3-4回国内出張をこなし、政府機関やメーカーなど200件余りを訪問した。東インドの中心地コルカタでは30年以上、州政府の共産党支配が続いた。かつての英領インドの首都も経済発展から取り残されていた。「ビジネスチャンスはない」。これが在印日系企業の見立てである。

 ただ、我々ビジネスマンとは異なるアプローチをしている若者もいる。元・サンフレッチェ広島の遊佐克美(ゆさかつみ)選手である。Jリーグを離れ、新天地を求めてインドのプロサッカーリーグでプレー、レギュラーに定着、地元の新聞紙上をにぎわせている。

 遊佐選手と飲む機会が数度あった。「宿舎はボロボロだし、英語は出来ないし大変でしたよ」。笑顔で語るたくましさに感動した。

 昨年、遊佐選手が所属するチームモフン・バガンACはインドI(アイ)リーグで優勝。エースMFである遊佐選手は勝利に大きく貢献した。今ではサッカー好きのインドの少年で「KATSUMI」を知らない者はいない。

遊佐選手とコルカタ チャイナタウンで(チェンジ送付用)
遊佐選手とコルカタのチャイナタウンで

 

 日系企業ビジネスマンも負けてはいられない・・・

 インド最大の商都 ムンバイでは「ムンバイ・スピリット」とも言える先取の精神が感じられる。タクシーに乗る際、私はいつも自社と提携しているMAP MY INDIA(マップ・マイ・インディア)社のカーナビアプリをドライバーに見せて使い方を説明する。デリーのドライバーだと「そんなもの必要ない」と言う。通行人に訊きまくる昔ながらのやり方にこだわる。挙句の果てに遅刻するのだが。ムンバイでは違う。すでに使っているドライバーにも会った。「見せて、見せて!」。スマートフォンに搭載したカーナビアプリに興味津々で、車内は商品プレゼンテーション・タイムとなる。

Map my India
MAPMYINDIA社のカーナビ


 インド各地を歩いて実感する。この国のビジネスは10年かかる。腹をくくらなければ成し遂げる事は出来ない。苦労しているのは日系企業だけではなく、欧米、韓国や中国等他の外資系企業も一緒である。奇策も早道もない。市場に問い、一喜一憂せず、愚直に。

 初訪問から30年、駐在期間はのべ9年、冒頭にのべた「4つのA」を噛みしめる日々の中、普段のインドビジネスや生活の中で気付いた事、考えた事をこれから何回かに分けて書いていきたいと思う。

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著者プロフィール

インド進出ポータル(プロフィール.写真) 

二宮 祐
株式会社ゼンリン 
インド支店長(Country Manager)

1985年 21歳の時にバックパッカーとしてインド放浪。(2か月で10キロ体重が減る)
ソニー入社後、1990年代4年間インドに駐在、同社のインド事業黎明期に関わり国内マーケティング、人事総務部門を経て21年間勤務後、同社退職、日本電産に移り同社インド現地法人の立ち上げに従事 。2013年3月よりゼンリン インド支店長(COUNTRY MANAGER)に就任

インドビジネス立ち上げを現地で担当、「『インドの地図の向上』を通し『インドの発展に貢献』」をスローガンに、
◎エリアマーケティング、
◎GPSを用いた車両管理、安全管理(女性、子供等)、
◎カーナビゲーション コンテンツ、
等位置情報と地図に関するソリューションを用い課題抽出及び解決を在印日系企業を中心に提案、現在に至る。

出身地:鳥取県
鳥取県境港市F.I.S.H(フィッシュ)大使、山陰インド協会 インド支部長として休日は故郷のPRもインドで担当。

 

 

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