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未知の舞台の先人 ―「同士」としてのインド人

コラム「リーラ ~「インド劇場」に迷い込む~」vol.1

 未知の舞台の先人―「同士」としてのインド人
 オンラインショップ「インド雑貨.com」運営
 三隅 愛
 2015年11月17日   

 古代インドで使われていたサンスクリット語に、「リーラ」という言葉がある。

 大雑把には「この世は神の遊戯としての劇場である」という意味だ。同じようなニュアンスの思想は洋の東西を問わず広く世界に認められるが、インドはこの「リーラ」が、現代の人々の意識の深層にも色濃く浸透し、しかもかなりの独自路線で日常生活のレベルにまで表層化している、世界でもあまり類を見ない国と言えるかもしれない。

 私がそのリーラの地に初めて降り立ったのは、今から10年以上前のことになる。当時バックパッカーとして東南アジアを放浪中で、日本を出てから半年以上が経過した2002年5月、旅路を西へとバンコクから空路デリーに飛んだ。

 すでに旅は日常となり、ぬるま湯にたゆたうような日々を過ごしていたバンコクから一転、熱と埃と独特の臭気にまみれた空気を頬に受け、路上に佇む大勢のインド人の眼光鋭い眼差しを目にした時・・・これはいよいよ今までとは次元の異なる世界に来たな、と思った。

 その異次元で暮らすインドの人々は、当初はエイリアンそのものだった。平然と嘘を言う、所構わずゴミを捨てる、あけすけで無遠慮な質問攻め、山より高いプライドと自己顕示力、怒涛の言い訳、未知の衛生観念、寺院でお参りした後にサンダルを盗む・・・(被害実体験)。数々の苦い思いをしながら、しかしその異次元はどうにも抗い難いパワーの吸引力で、夢中になってインドを旅した。この混沌は何だろう、もしや一見無秩序ながら、実は我々の計り知れないところから見れば整然と秩序が保たれているのでは?

 そんな深読みと至るところでさまざまな形で目にするヒンドゥ教の不可解さも相まって、インド人とは「リーラ」思想のもと、神の計らいであるこの無秩序をものともしない超越的な人種なのだと思い至った。なにか我々には想像もつかないパワーを持ってしてこの混沌を飄々と生きているに違いない、と。

 そうなると珍しいもの見たさでますますおもしろくなってきて、気の向くままに東へ西へと旅してまわるうちにあっという間に半年間のビザの期限を迎えていた。

 

 だから5年後にインド行きの話を得たとき、またあの訳の分からぬエキサイティングな世界に行けるのだと感慨深い喜びが湧いてきた。今度は現地で生活をするということと、1歳になったばかりの子どもを抱えているという状況の違いはあったが、あの規格外のさらに上を行く環境に一時的でも身を置けるということは、自分だけでなく子どもにとってもプラスになるだろうという確信もあった。

 しかし根無し草だった旅行者とは違い、水草程度ながらも一処に根を下ろし現地の人々に混じって生活をするということは、おもしろがっているだけで済むわけもなく、当然インドの印象や向き合い方に大きな変化をもたらした。

 日常生活というより現実的な時間をインドの人々と共有し、分かってはいたものの数々の想定外の出来事に遭遇しながらすったもんだを繰り返す日々を送る中で、あの当初インド人に対して抱いていた印象とはまるで異なるある事実が徐々に浮かび上がってきた。

 それは、インド人は決して超越などしておらず、彼ら自身もまたこの混沌と無秩序に振り回されている、ということだった。

 

 家賃が東京並もするオフィスビルや高層マンション群を背景に、砂埃と下水とゴミにまみれた未舗装の路地にたくさんの人や動物や露店がひしめき合う、まるで戦後のような景色が混在する。大通りでの信号待ちの間には、雇われの物乞いが苦しげな表情を浮かべながら車の窓ガラスに顔を寄せる。彼らに小銭を施し走り去る新車のベンツもここではピカピカに保たれることは不可能で、10分も走れば砂塵まみれ、10日も経てばキズとヘコみだらけになる。

 転職や大家とのトラブルや実家親戚との兼ね合いなどで、驚くほど多くの人が短期間でインド中、時には世界中への引っ越しを繰り返す。すると両親が暮らす田舎まで、小さな子供を乗せて悪路を車で丸一日かけて帰省する。もしくは70歳を超えた高齢の両親が電車やバスの硬いシートに揺られてやって来る。

 誰もが伝染病にかかるリスクに日常的にさらされている。発症しても、投薬で症状さえ治まれば病原菌の死滅を確認することもなく日常生活に戻される。ここでは伝染病を根絶させることが不可能であり、それゆえに根絶させるための治療や医療システムという発想がない。

 時代や法律がどんなに変わろうが、カーストや宗教による差別は目に見える形、見えない形で存在し、恐らく今後も存在し続ける。

 

 インドという劇場・・・そこは日本とはあまりにかけ離れた、まるで万年暴風域のような世界だ。あらゆる方向から次々に飛んでくる、自分の意志や理解の範疇を超えたものごとにひたすら対峙せざるを得ない、そこには確かに「リーラ」思想がある。すべては神の計らい。しかしだからと言ってインド人も超然とすべてを受け入れているわけではなく、彼らもまた深く苦悩し、葛藤し、もがいているのだ。

 我々にとっては奇想天外に映るインド人の言動も、インド劇場というバックグラウンドから生まれた独自の価値観や方法により、悪戦苦闘している姿なのかもしれない。舞台環境や立ち回り方はあまりに異なるが、同じ舞台に立ってともに格闘するという視点で考えれば、ここがホームである彼らは得体の知れない存在ではなく、むしろ頼もしい同士なのではないだろうか?

 そういう思いに行き当たったとき、超絶人種だったインドの人々が、輪郭を伴った実像として一気に近づいてきた。そうして親しみを覚えると、彼らのおせっかいなまでの親切や強引な申し出にも、必要以上に警戒することも申し訳なく思いつつやんわり断ることもなく、受け入れることができるようになった。懐が深く義理人情にも厚い彼らは、そうやって頼りにされるとますます張り切って助けてくれる。しかし忘れてはならないのは、喜々として先導しつつも時に適当なことを言って誤魔化しながら、彼ら自身もまた暴風に翻弄されているということだ。

 一見エイリアンに見えるインドの人々をいかに自分に引き寄せて身近な存在として認識できるかが、インドという未知の劇場に立つうえでのひとつの大きなカギになるだろう。彼らが何に悩み、混沌の現実にどう向き合っているのか。飛び入りの我々にとっていかに心強く、ときに厄介な隣人であるのか。

 その輪郭が浮かんでくるエピソードや独特の価値観を生んでいるバックグラウンドの片鱗を、これからお伝えすることができればと思う。

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著者プロフィール

 
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三隅愛
オンラインショップ「インド雑貨.com」運営
www.indozakka.com 

アジア放浪中の2002年、初めてインドの地を踏み、半年かけて1周旅をする。
2008年、当時1歳の子どもを伴い家族で渡印、デリー郊外・グルガオンで暮らす。
「郷に入りては郷に踏み込め」を信条に、衣・食・住環境から生活パターンまでミドルクラスのインド人コミュニティにどっぷり漬かる一方で、日本向け個人事業を開拓。
2014年日本へ帰国。現在はオンラインショップ「インド雑貨.com」を運営、定期的にインドへ足を運ぶ。

 

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